「単純なヤツだ」と言われて、いい気がする人はまずいないだろう。どちらかといえばネガティブな意味の言葉だ。
だから温泉の「単純温泉」も、あまりいい捉え方はされていない。「白濁の硫黄泉に行こうよ」と誘われれば嬉しいが、「透明な単純温泉に行こうよ」と言われてもテンションは少しも上がらない。
ちょっとおさらいしておくと、「単純温泉」というのは、温泉法に基づく「鉱泉分析法指針」で定義されている泉質名(療養泉)だ。溶存物質が1000mg以下(その他の特殊成分も規定値以下)で、泉温が25℃以上あればこの名がつけられる。無色透明無味無臭のものが多く、まあ要するに“成分の薄い温泉”と言っても過言ではない。
〝薄いんでしょ? だったら馬鹿にされても仕方がないじゃないの〟という声が聞こえてきそうだが、事はそう“単純”ではない。
溶存物質が1000mgなら「塩化物泉」や「硫酸塩泉」などと呼ばれるが、999mgなら「単純温泉」になってしまうわけで、そのラインぎりぎりのところではほとんど「塩化物泉」や「硫酸塩泉」と言ってもいい浴感なのである。特殊成分をみても、総硫黄が2mgなら「硫黄泉」だが、1.99mgだと「単純温泉」。しかし1.99mgなら立派に白濁することだろう。
確かに、ただのお湯かと思うほど成分がほとんど感じられない単純温泉も多いのだが、この幅の広さこそ、単純温泉の魅力なのだ。
黒、白、赤、ブルー。多彩な単純温泉の色彩
成分が比較的多く含まれる単純温泉の中には、当然のことながら色付きのものもある。モール系の単純温泉である青森県の『東北温泉』は真っ黒だし、鉄分が多めの赤湯温泉(福島県)は、その名の通りみごとな赤褐色になる。ワイルドな白濁の湯のイメージが強い秋田県の『ふけの湯温泉』も単純温泉だし、雲取温泉(和歌山県)ではきれいなブルーだ。
いっぽう、美作(みまさか)三湯(岡山県)の「奥津(おくつ)温泉」「郷録(ごうろく)温泉」「真賀(まが)温泉」では岩盤から自然湧出するアルカリ性単純温泉をそのまま湯舟で楽しめるが、含有成分は100~200mg程度と少ない。じゃあつまらないかと言うと、これがぜんぜんそうではなくて、じつに優しくまろやかで、いろんな地層を通過してきた滋味といおうか、成分分析表には表れない、それぞれの個性を感じ取ることができる。
成分が薄めだけに体に負担がかかりにくく、またぬる湯も多いことから、毎日でも何時間でも入ってリラックスできる。気を遣わずにごくごく源泉も飲める。こんな手軽さと深さを同時に持っているからこそ、温泉を知れば知るほど単純温泉に惹きつけられるのである。
実は『温泉批評2017春夏号』で、この単純温泉の奥深さを総力特集している。宝川温泉や奥津温泉など、名湯の無料入浴クーポンも付いているので、より深く知りたい人はぜひご覧いただければと思う。
単純温泉マイベスト3は!?
その『温泉批評』の座談会の中でも推しているが、僕の単純温泉ベスト3を以下ご紹介しよう。
第3位は、青根温泉『湯元 不忘閣』(宮城県)。
伊達家御用達という歴史もすごいが、ここの湯舟は本当にびっくりする。貸切り湯の「蔵湯」がそれで、なまこ壁の土蔵の扉をガラガラと開けると、豪壮な梁と漆喰でできたかなり広い空間が現れる。その右端にデデンと総檜の湯舟が鎮座しているのだ。
入った瞬間の緊張感は相当なもので、僕も“いったいどこで着替えたらいいの?”“どこでかけ湯をしたらいいんだろう?”としばらくオロオロしてしまった。これだけ入浴者の“覚悟”を問われる湯舟は、日本広しといえどここだけではなかろうか。
他にも、20人は入れる豪快な木造りの「大湯」も壮観な湯舎だ。宿泊客が少ないときはここも貸切で入れるからたまらない。
意外と楽しい〝単純温泉めぐり〟
第2位は、駒の湯温泉『駒の湯山荘』(新潟県)。
湯之谷温泉郷の奥にある夏季限定の一軒宿で、噴水のようにドバドバと湯舟に注がれ、もったいないくらい溢れ出ていく単純温泉湧出量は、実に毎分2000ℓ以上。32℃の冷泉は夏場には本当に心地よく、一度入ったらいつまでも出ることができない。
第1位は、湯岐(ゆじまた)温泉『岩風呂』(福島県)。
先に紹介した美作三湯と同じく、足元の岩盤から湧出するぬる湯。ここが他と一線を画すのは、湯舟の中にむき出しになっている岩盤が傾斜していて、寝湯ができる点。足元湧出するぷくぷく泡や岩盤のエネルギーを全身で感じながら長時間うたた寝湯する心地よさは、これもやみつき必定だ。
以上3つの単純温泉を紹介したが、もちろんまだまだ素晴らしい湯は全国にたくさんある。『温泉批評』片手に極上単純温泉をハシゴしてみるのも、一興ではなかろうか。
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