温泉地へ出かけたとき、せっかくだからと「温泉卵」や「温泉粥」「地獄蒸しプリン」などを好んで食べる人は多いだろう。気のきいた宿では、夕食や朝食のメニューに加えられていたりもする。
「温泉まんじゅう」も、そんな温泉地を代表する食のひとつだ。土産物店の軒先で蒸気を上げている木組みのまんじゅう容器には、ついつい食欲をそそられる。温泉地のど真ん中で蒸気を上げているのだから、温泉を使用してまんじゅうを作っているのだろうと、誰もが思う。
ところが、卵や粥などと違って“温泉まんじゅうには温泉が使われていない”ことを、どれだけの人が知っているだろうか?
実際、有名な伊香保温泉(群馬県)「湯の花まんじゅう」にも、草津温泉や野沢温泉で売っている「温泉まんじゅう」にも、温泉はまったく使用されていない。
「あの蒸気は、温泉なんかではなく、水道水で蒸気を作って“演出”しているだけですよ。蒸しているような雰囲気を見せる機械なんです。なかには実際に店頭で蒸して売っているところもあるんでしょうが⋯⋯」(草津温泉の温泉まんじゅう関係者)
なんだかキツネにつままれたような気がする人も多いだろう。それも当然だ。だって「酒まんじゅう」には酒や酒粕が使われているし、「黒糖まんじゅう」には黒糖が、「よもぎまんじゅう」にはよもぎが使われているのが当然のこと。「温泉まんじゅう」に温泉が使われていないなんて⋯⋯それは詐欺ではないのか?
成分が濃い温泉は飲食用には適さない
すでに『温泉批評2014春夏号』でも考察しているが、温泉まんじゅう発祥の地は上述の伊香保温泉で、6軒ほどのまんじゅう屋があり、そのなかで明治43年創業の『勝月堂』が本家本元と言われている。
「創業者は温泉水を使って試作をしたが、伊香保の湯は鉄分が多いので、とても食べられたものじゃなかった」とは四代目の弁で、結局温泉水は当初から入れていないことになる。
また草津温泉もまんじゅう屋が10軒以上ある激戦区だが、ある老舗まんじゅう屋の主人が言う。
「草津の湯は強い酸性で、しかも硫黄を多く含みますから、そもそも飲用に適していない。温泉卵を作るにも、酸っぱくなりすぎてダメです。食品には向きませんね」
要は、飲用に適していない(成分が濃すぎる・味が悪い)温泉は、温泉まんじゅうに向かない という、至極当たり前の結論なのだ。
では、飲用に向く単純温泉の湯(例えば上諏訪温泉や俵山温泉など)や、飲泉(胃腸病)の名湯四万温泉の湯、あるいは弱めの塩化物泉などは、まんじゅうなどに練り込んだら旨そうなものだが⋯⋯そういった例もほとんどナシ、である。
海地獄で蒸しあげられる「極楽饅頭」
ところが温泉批評編集部で調べたところ、広い日本、例外もあった。
戸倉上山田温泉の『ホテル清風園』で売られているまんじゅうには、温泉(アルカリ性単純温泉)が使用されているという。ただし、量としてはまんじゅう2000個に対してカップ1杯弱で、重曹を溶かすときに使う程度。これでは温泉が入っているかどうかの判別は不可能だ。
編集部調べでは、まともに温泉を使用していたのはただ一カ所。別府・鉄輪温泉の海地獄の中にある「極楽饅頭」がそれだ。一口サイズの薄皮まんじゅうが、98℃の噴気で3分間蒸しあげられる。
「香りはあまり感じられませんが、塩分が付着することで味がよくなるんです」
とは社長の弁。
確かに鉄輪の地獄蒸しは有名で、野菜でも肉でも米でもまんじゅうでも、なんでも地獄釜の蒸気にさらせば、たちどころに蒸され、適度な塩分が付いて極上の味になる。この地獄蒸しを体験できる宿も何軒もある。
それじゃあ他のところでも、どんどん温泉を利用してまんじゅうを作ったらいいではないか、と思うのだが⋯⋯。
野沢温泉のまんじゅう屋の女将が、こんなことを言っていた。
「まんじゅうに混ぜるには、ただ温泉水を入れればいいわけじゃなくて、食材に使うための飲泉許可がいります。これを取るのが意外に大変なんです。費用もかかります。温泉の蒸気で蒸すにしても、それなりの高温でないと意味がないですし」
「温泉で売っているから温泉まんじゅう」でいいのか?
現実問題として、温泉が入っているから売れるのかといえば、必ずしもそういうわけではないだろうし、衛生面や管理の面でいろいろ大変なこともあるのだろう。
ただ、消費者の側から考えれば、やっぱり詐称には違いないのではないか。温泉が含まれていないのに温泉地を名乗ることができないように、温泉が入っていないのに温泉まんじゅうと名乗ることはできないように思えるのだが⋯⋯。
「温泉で売っているから温泉まんじゅうでいいんじゃないでしょうか?」
とは、草津の温泉まんじゅう屋の弁。
さてみなさんはどう思うだろうか。
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