温泉が好きな人ほど、鄙びた湯を好む──とよく言われる。
それは、古ければ古いほど、源泉に近かったり泉質がいいことを、体験的にわかっているからだ。
そんな鄙び湯が密集し、街まるごと古きよき時代の香りが溢れる“鄙び温泉地”なら、なおさら魅力的だ。宮城県・鳴子温泉や山形県・肘折温泉、島根県・温泉津温泉あたりがその代表格だろうか。
なかでも大分県のくじゅう(九重)周辺は、由布院温泉や黒川温泉(熊本県)の人気の影ですっかり存在が薄くなっている感は否めないが、知る人ぞ知る夢のような鄙び湯ワールドなのである。
宝泉寺温泉の苔むす『石櫃の足湯』
まずは筑後川の支流、町田川沿いにある宝泉寺温泉郷(宝泉寺・壁湯)。由布院から25kmの距離だ。平安時代から続くという古い温泉地で、70カ所もの源泉から毎分2000ℓも湧出し、平成23年には「源泉かけ流し宣言」もしている。
宝泉寺温泉には小奇麗な宿が多いのだが、商店やスナックが小川周辺に点在する中心部はなかなかの鄙び度で、かつての共同湯「石櫃(いしびつ)の足湯」はうっすらと苔むし、霊験あらたかな雰囲気を醸し出している。湯舟よりも川を渡っていくエントランスの鄙び具合が見事なので、あえてそちらの写真を。
隣りの壁湯温泉にある『福元屋』の洞窟風呂は温泉好きには有名だが、そのすぐ上にも味のある共同湯があって、眺めこそ悪いが湯舟の横に昔ながらの洗濯場まである鄙び系なので、足を延ばしてみたい。
垂涎ものの昭和が息づく満願寺温泉&杖立温泉
そこから県道40号線を南下し、筋湯温泉を過ぎて熊本県に入り、黒川温泉も素通りすると、なんだか素朴で温かい街並みが現れる。満願寺温泉だ。小さな満願寺川沿いに2軒の宿と、鄙び度満点の2つの共同湯「川湯」「上湯」があるのみで、近所はみな知り合いといった雰囲気だ。
川湯は対岸から丸見えで、服を脱ぐのにはかなり勇気がいる。だが41℃と適温の単純温泉、浴感はとてもいい。隣には洗い場もあって、運がよければ(?)地元の人が野菜を洗う横で入浴できる。
満願寺から今度は国道212号線を北上していくと、くじゅう鄙び湯エリアのメインディッシュと言っていい杖立温泉がある。杖立川の両脇のあちこちから湯けむりが上がる様は、別府の鉄輪温泉を彷彿とさせる。
ただ、その鄙び度たるや鉄輪の比ではない(鉄輪もなかなかだが)。川沿いには時代の流れから取り残されたかのような旅館が立ち並び、営業しているのか定かでないような宿もあちこちにある。
川の両側とも裏路地が張り巡らされ、そのどこを歩いても懐かしさに包まれる。野良ネコが気持ちよさそうに昼寝をし、鶏を放し飼いにしている家もあった。そしてその路地裏のなかに、ひっそりと共同湯「元湯」「薬師湯」「御前湯」がある。
おおらかだった混浴天国、天ヶ瀬温泉
さらに県道12号線を北上すれば、このエリアでは最も名の知れた天ヶ瀬温泉だ。玖珠川沿いに並ぶ宿のたたずまいはおおらかそのもので、鄙び度も相当進んでいる。路地裏はほとんどなく、川沿いに並ぶ17軒の宿のうち5軒が混浴宿、5つの共同湯すべてが混浴という“混浴天国”だ。
残念なのが、素朴な混浴川露天風呂のあった旅館『清風荘』はすでに廃業、共同湯もその4つは“のぞき防止”のためビニールシートに覆われ、湯舟から景観を楽しむことができなくなっていること。世知辛いマナーのための措置は、こんなところにも影響を及ぼしている。
それでも、共同湯のうち「神田湯」だけはいまでも開放的だし、スイス風外観の宿『シャレー水光園』は玖珠川の半分ほどまでせり出している、驚きの混浴露天風呂。恥ずかしくもおおらかな湯浴みを楽しめる。
くじゅう周辺には、今回紹介できなかった鄙び温泉がまだまだある。寒の地獄温泉、筌の口(うけのくち)温泉、奴留湯(ぬるゆ)温泉、泡付き日本一の七里田温泉、そして長湯温泉⋯⋯。1週間あってもとても廻りきれない、温泉好き垂涎のエリアである。温泉本格派のアナタ、由布院や黒川に行っている場合ではないですよ!
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