まだ見ぬ温泉ライターへ

『温泉批評』編集長の深読みレポート⑦

温泉を独自のスタンスで論じる雑誌、『温泉批評』編集長が探る温泉のいま。 第7回目のテーマは「まだ見ぬ温泉ライターへ」についてです。

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温泉好きが高じて「温泉や旅のことを書いたりレポートしたりする仕事をしてみたい」という人は、Yutty読者にも少なからずいると思います。実際に『温泉批評』編集部にも時々、ライター希望者からメールが届きますが、やったことないけど⋯⋯といった方々がほとんどです。

ではその、いわゆる「温泉ライター」の仕事とは、そもそもなんでしょうか。

①話題の温泉宿・施設を取材し、紹介記事を書く
②あまり知られていない秘湯・良宿を発掘する
③温泉や温泉地の歴史を掘り下げ、温泉文化と日本人のかかわりを考察する
④温泉の仕組みや泉質・効能を化学的・医学的に解説する
⑤広く温泉地やそのエリアでの温泉+αの楽しみを提案する
⑥いま起きている温泉の諸問題を取材・追求する

思いつくままに挙げましたが、これらのいずれかあるいは複数を自分のテリトリーとすることで、温泉ライターと名乗ることはできるでしょう。

①に関しては、『るるぶ』や『まっぷる』などガイドブック(もちろんこのYuttyも)で活躍の場がありますし、②は『温泉批評』本誌にも関わっていただいている飯出敏夫氏を始めとする先達が長年尽力されてきたところです。③については、評論家の石川理夫氏が多大な功績を残されていて手本となりますし、④も温泉療法士や温泉ソムリエ出身の方々などが想像できるかと思います。⑤は旅系の温泉ライター諸氏が月刊・季刊誌や山雑誌などで展開しておられます。それぞれがご自分の領域で、読者の求める価値あるお仕事をされていると思います。

では⑥はどうでしょうか。たとえば2011年に福島で原発事故が起きた時、現地の温泉地を回って、温泉宿の放射能の状況とか飲泉や食材の安全性とか、私たちに必要な情報だと思われることを取材したライターがいたでしょうか。もっと遡れば2004年白骨温泉の温泉偽装問題が発覚した際に、この問題に真正面から向き合い、温泉地や宿の抱える問題点を浮き彫りにするような仕事をした“温泉ライター”は何人いたでしょうか。

これはちょっと極端な例なのかもしれません。では、こんなのはどうでしょう。


「ここ20年で混浴温泉が激減しているのはなぜなんだろうか?」
「銭湯では刺青をしている人をよく見かけるのに、日帰り温泉ではタトゥーやシールさえも許されないのって、変じゃない?」
「温泉芸者とかストリップって、どうして温泉地からなくなっちゃったの?」
「共同湯入浴客のマナーが悪くなって鍵をかけるところが多くなったけど、温泉資源って誰のものなの?」
「箱根温泉の噴火後の状況は、いまどうなっている?」
「温泉病院って、本当に温泉を使っているの?」
「温泉法や温泉マークの見直しって、私たちの生活に何をもたらすの?」
「人気の玉川温泉が経営難って、どういうこと?」

これら“現在進行形”で起きている気になるトピックや日ごろ温泉で感じる素朴な疑問を、きちんと取材をしてメディアに書き記している温泉ライターは、いったいどれだけいるのでしょうか。
私は、こうした目の前の興味深い事象を真摯に追いかけることが、(温泉)ライターとして最もやりがいのある、かつ面白い仕事だと思っています。そんな言わば“ジャーナリスティックな温泉ライター”が、“温泉紹介型のライター”に比べてこれまでほとんど現れていないアンバランスこそが、温泉メディア、いや温泉業界全体にとっての大問題ではないかと考えています。

温泉メディアに必要な、ジャーナリスティックな視点

そもそも5年前に『温泉批評』を創刊したのは、30代の頃から私自身が温泉を巡り、様々な温泉雑誌や書籍をおもむくままに読み、温泉好きだからこそ生まれてくる上記のような様々な疑問があったからでした。これらの素朴な疑問に答えてくれるメディアは、出版物はもちろんTV等も含めてほとんどなく、“じゃあ自分で創るしかない”というのが出発点です。

実は、上記の疑問のほとんどは、すでに『温泉批評』誌上で取り上げているテーマです。
混浴については創刊号で50ページに渡って「混浴温泉は絶滅するのか?」という大特集を組みましたし、温泉芸者は2号目の大特集テーマでした。「刺青拒否」については3号目で、「箱根温泉のその後」「温泉病院の実態」「温泉マークの改悪」「玉川温泉経営難」についてもその後の号で記事にしています。
そして、それらのメインライティングをしていただいたのは、意外にも生粋の温泉ライターではありませんでした。「刺青問題」に取り組んでくれたのは主に翻訳を生業とする田淵実穂さんでしたし、「箱根温泉」を追いかけたのは元新聞記者の中野督子さんでした。「温泉マーク改悪」を書いていただいたのは紀行作家の藤井勝彦氏です。とりわけ「温泉病院」や「玉川温泉」に尽力していただいた飯塚玲児氏は『旅行読売』編集長をされたのち紀行作家として独立、『温泉失格』という温泉史に残る本も上梓されて、ジャーナリスティックに温泉を読み解こうとする意識は相当に高いものがあります。

これらの方々に続いてくれる人材が、実は圧倒的に足りない、というのが『温泉批評』編集長としての本音です。

こういった取材ができるのが、いわば“アウトサイダー”であるのには、明確な理由があります。なにより自由度の高い自立した取材を遂行するためには、温泉地や宿にしがらみがあったり、便宜を図ってもらったりしている状態では、なかなかうまくいくはずがありませんが、例えば金銭面で完全に自立して全ての取材を“自腹”で行う温泉ライターは、ほとんどいません。
また、取材や執筆のスキルの問題もあります。ある事柄を取材するとき、どこを当たれば答えを導き出せるのか、嫌がる相手にどう聞けば答えてくれるのか、取材した素材をどう書けば記事として成立するのか⋯⋯それなりの経験値がなければ途方に暮れてしまうでしょう。この点で、新聞や週刊誌の経験のあるライターは圧倒的にアドバンテージがあります。

経験やスキルよりも、温泉と向き合う“志”

じゃあ経験もスキルも足りなかったり、諸々しがらみがある人は諦めるしかないのかといえば、そうでもありません。
温泉に関する面白いテーマ、掘るべき鉱脈は、まだまだたくさん埋もれています。それらを掘り起こすパワーやまっとうな好奇心、ユニークな視点こそが大事なのであって、経験やスキルはあとから付いて来るものですし、しがらみを気にする方は匿名やペンネームで書けばいいだけのことです。
一番大事なのは、「疑問や課題を浮き彫りにしながら、温泉や温泉地をもっとオープンで居心地のよいものにしていきたい」という“志”なんだと思います。「温泉の表面的ではない本当のことが知りたい」読者は、そんなあなたの出現を心待ちにしているでしょう。

むしろ問題なのは、“温泉だけでは喰えない”という現実かもしれません。「純粋に温泉ライターだけで生活できるのは数人」と言われるこの世界では、副業としてやっていくというやり方も必要になるでしょうし、そういう中で自分のモチベーションをどれだけキープできるか、ということも重要になってきます。

マスコミとネットとの狭間にある“バランス感覚”

いっぽう、Yutty!を始めとする温泉サイト、「楽天トラベル」や「じゃらん」の口コミ欄などネットの世界ではむしろ、雑誌や本の世界よりも先鋭的な“歯に衣着せぬ”書き込みが多数見られ、温泉地や宿を選ぶうえでユーザーライクなものになっています。

これはこれでいい傾向ではあるのですが、書き込む本人の判断のみでアップロードされてしまうため、ほとんど誹謗中傷ともいえるような暴力的な書き込みに対して歯止めがきかないという危険性もはらんでいます。
批評性のなさすぎる温泉メディアと、批判性を増幅させてしまうネットのとのバランスをとるような、“客観的で、具体的で、思いやりを持った温泉批評”のできる温泉ライターがもっともっと現れることが、温泉を快適で面白くするために、ひいては今後の温泉の発展にとって必要だと考えています。

『温泉批評』では、魅力ある日本の温泉をより深く愉しむきっかけになる雑誌であり続けるために、意を同じくする方々に、こぞって集まっていただきたいと思っています。温泉と日本を愛する同士の参戦を、心待ちにしております。

onsenhihyou@gmail.com (温泉批評編集部)

(この記事は、『温泉批評2017秋冬号』の「まだ見ぬ温泉ライターへ」をYuttyのためにアレンジしたものです)

 

※文章中の写真の無断転載・引用を禁止いたします。

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二之宮 隆

二之宮 隆

『温泉批評』編集長。週刊誌、小説誌を経て『ブラボースキー』『soto』『業務スーパーへ行こう!』『マイルスを聴け!』など多数の雑誌・書籍にかかわる。ぬる湯・交互浴を好み、入湯源泉数は1200を超えた。